2015-11-24

Quarto S. Lorenzo 2247m

Quarto S. Lorenzo


先週末の山から。数ヵ月ぶりに山に復帰できました。本格的な雪山シーズンまでに体力と「山勘」を復活させたいところ。さて。

2015-11-11

『スーパーノート』あとがき公開

ご無沙汰しております。
さる2015年7月末に訳書がまた一冊出ました。

イタリアのカスパー捜査官とルイージ・カルレッティのコンビによる『スーパーノート』(副題:世界を支配する情報戦争と偽百ドル冊)です。日本での出版社は河出書房新社となります。




河出書房新社の本作ページ
honto.jpのページ
Amazon.co.jpのページ

ご感想・書評・レビューのページ:
読書メーター
ブクログ

以下に、編集前の訳者あとがきを転載します。出版されたあとがきとは細部の表現が異なっているかもしれません。
どうぞよろしくお願いします。


***

訳者あとがき
 本書は2014年3月にイタリアのモンダドーリ社より刊行された『Supernotes』の邦訳である。
 作者のひとりであるカスパー捜査員はイタリアの情報機関SISMIやアメリカのCIAに協力し、30年にわたって覆面捜査員(アンダーカバー・エージエント)として活躍してきた人物だ。そして、彼のカンボジアにおける特異な体験をベテランジャーナリストのルイージ・カルレッティとともにノンフィクション小説としてまとめたのがこの作品だ。
 カスパーの特異な体験とは何か。2008年3月、彼は突然、カンボジア軍の特殊部隊に身柄を拘束され、373日におよぶ地獄のような囚人生活を送ることになったのだ。
 正式な逮捕状もなければ、脱税容疑という逮捕理由にもまったく覚えがなく、しかも拘束直後に危うく闇に葬り去られるところだった。なんとか命拾いはしたものの、それからの日々は特殊部隊のサディスティックな隊長に強請られ、病院刑務所で薬漬けにされ、〝再教育センター〟とは名ばかりの非人道的な強制収容所に収監されてリンチに遭い、ここでも強欲な所長にやはり強請られ、FBIと国土安全保障章(ホームランドセキユリテイ)を名乗る怪しげなアメリカ人のふたり組から連日の尋問を受ける悲惨なものとなった。なぜかイタリア政府もまともな救いの手を差し伸べてくれない。どうしてこのようなことになったのか。カスパーにも思い当たる節がないではなかった。もしかしてCIAの人間に依頼されたあの北朝鮮がらみの捜査のせいじゃないか……地獄からの生還を目指し、カスパーの必死な闘いが始まる。

 タイトルにもなっているスーパーノートとは、米ドルの実に精巧な偽札のことだ。材料も製法も本物の米ドル紙幣と同じなら、製造に使用される印刷機まで同じで、違うのは印刷場所だけ。偽札というよりは〝違法に印刷された本物の米ドル札〟とでも呼んだほうが当たっているかもしれない。スーパーノートの存在そのものは以前から裏社会の事情に通じる人々のあいだでよく知られていたが、誰がなんの目的で偽造しているのかははっきりしていなかった。
 イタリアマフィアの東南アジアにおけるマネーロンダリングの捜査を進めるうち、カスパーはスーパーノートと何度もニアミスをするようになり、ついにはある驚きの事実にたどり着く。しかしそれは——物語の肝となるこの事実について、これ以上の詳述は避けよう。読者のみなさんにも是非ご自分でカスパーの捜査と発見を追体験していただきたい。
 なお、『スーパーノート』の内容を作者ふたりは『すべて実話だ』と主張しており、カルレッティのホームページ(www.luigicarletti.com 伊語のみ)では証拠品も提示されている(該当ページ)。事実、カスパーが主役となったふたつの麻薬組織撲滅作戦(パイロット作戦シナイ作戦、リンク先は関連記事)を始め、作中に登場する人名や出来事(イアン・トラヴィスの暗殺事件、ヴィクター・チャオの投獄など)の多くは、インターネットでも当時の新聞記事で確認できる。
 ただし本書はいわゆるノンフィクションというより、サスペンス映画的なスピード感のあるひとつの小説として仕上げられている。カスパーの獄中生活の章、エリート捜査員として活躍してきた30年間を振りかえる回想の章、そしてイタリアでカスパーを救わんと奔走する本書のヒロイン、バルバラ弁護士の章。この三つの章がスーパーノートというキーワードを柱に交互に登場する構成で、極めてテンポがいい。
 情報機関と秘密捜査員の世界。カスパーが接触し、時には交友関係すら結んだエキセントリックな犯罪者たち。グローバルに跋扈するマフィアの実態。国際政治の裏舞台——そうしたわたしたちにはなかなか知りえない世界を描く、現場に身を置いた当事者ならではの活き活きとした筆も魅力的だ。

 カスパー(というのは現役時代のコードネームだ。本名は本人と家族の安全のため伏せられている)は、イタリアのインテリジェンスの世界でもずばぬけた才能を持つ捜査員(エージェント)だった。複数の外国語を流ちょうに操り、軍隊時代は空挺部隊に所属、戦闘機から大型旅客機まであらゆる飛行機の操縦もでき、アリタリア航空のパイロットという仕事をスパイ稼業の隠れみのにしていた時期もある。しかも回想の章で語られる過去のエピソードからは、洒落者でハンサム、格闘技のチャンピオンでもあり、ワインにも詳しく、プレイボーイなカスパーの姿が浮かび上がってくる。まるで007ことジェームズ・ボンドだが、現実の世界のボンドにはボンドなりの悩みがあるものらしい。
 本書の刊行後に発表されたインタビュー記事でカスパーはこう語っている。『身分秘匿捜査に従事する捜査員たちはその特殊な二重生活ゆえに、家庭の問題やさまざまなトラウマを抱え、引退後もなかなか平常の生活に戻れないケースが多い。本書の執筆は自分にとって、そうしたトラウマを乗り越えるためのひとつの治癒行為でもあった』さらに別の記事によれば、彼は自分と同じ境遇の元捜査員たちを支援するためのNPOも設立したということだ。

 ここで日本人読者にはなじみが薄いと思われる用語をいくつか簡単に説明しておきたい。
 カスパーは元憲兵(カラビニエーリ)だが、そもそも憲兵隊(アルマ・デイ・カラビニエーリ)とは、陸・海・空軍とともにイタリア軍を構成する四軍のひとつだ。ただし憲兵は軍人でありながら、平時は国家警察と並んで一般の警察活動に従事する点が特徴的だ(イタリアにおいでになったことのある読者は、上下黒の制服でズボンに赤いラインの入った警察官たちをご記憶かもしれない。彼らこそカラビニエーリだ)。
 そしてカスパーが秘密捜査員として主に協力してきた憲兵隊の特殊作戦部隊(ROS)。こちらは組織犯罪・麻薬取引・テロリズム対策を担当する部署だ。同じく憲兵隊の特殊介入部隊(GIS)はテロ犯罪や誘拐事件等の現場における危険な介入作戦に特化した特殊部隊で、GISの隊員たちともカスパーは深いきずなで結ばれているようだ。
 国防省情報局(SISMI)はイタリアの代表的な情報機関のひとつだが、2007年のインテリジェンス改革の際に情報対外治安局(AISE)へと改編された。作中の『イタリアの情報機関』という表現は主にこのふたつの機関を指しているが、場合によっては両者を含むイタリアのインテリジェンス・コミュニティ全体を指している。
 2015年5月現在、本書はアメリカ、スペイン、フランス、トルコで翻訳出版されており、その他にも十ヵ国以上で出版が予定されている。映画化の権利もアメリカのプロデューサーが既に取得したというから楽しみだ。

 最後になるが、わたしの中高時代の同級生で現在は航空実務に就くT君には航空関連用語について貴重なアドバイスを多々いただいた。ここに深く感謝したい。
 そして今回の翻訳のチャンスをくださった河出書房新社T氏、株式会社リベルY氏の両氏にもお礼を申し上げます。

2015年5月 モントットーネ村にて