小さな村の物語 イタリア 「モントットーネ」
放送局:BS日テレ
放送時間帯:
月曜日20:00〜20:54(アンコール放送:土曜日21:00)
http://www.telecomstaff.co.jp/blog/nowmaking/000525.php
29日の再放送、みなさん必見です。まあ、村まできてくれればよいだけの話ですが(笑)
以下、引用
モントットーネ/マルケ州
ローマの東。美しい丘が連なるマルケ州に
佇むモントットーネ村。
ここには伝統の暮らしが息づいています。
陶器作りを守る一家の素朴な暮らし。
村の楽団の団長の日々。
そして、古ぼけた家具を修理する職人。
ほかの町に目もくれず、生まれ育った村を愛するひとたちの、
ささやかな物語をお届けします。
2008-09-22
2008-09-19
惜別 エン老師
エン先生(哏德全 EnDeQuan)が亡くなった。享年50歳。中国雲南省タイ族の民族楽器フルス(ヒョウタン笛)演奏・製作の第一人者であり、何よりも僕の大事な友人だった。

いつかまた会いに行こうと毎年思っているうちに10年がたち、急逝の知らせを受けた。
中国留学時代に昆明でエン先生に習った笛をならべて祭壇を作り、線香をあげ、好きだった白酒のかわりにイタリアのグラッパをささげ、彼の独奏アルバムを聴きながら、飲んでいる。
しばらく、遺影を見つめ、撮影に没頭する。
「ファンティエン(飯田)」、懐かしい声が聞こえてくる。
あの頃。
夜になれば雲南省昆明市文林街のカフェ・ラビアンローズでギターをかきならし、酔っぱらった留学生・中国人たちを下手な歌で踊らせては昼まで起きず、学校にも行かずじまいの不良留学生だった僕と、雲南の民族音楽を求めてやってきた好青年サトル君と、エン先生の工房によく遊びに行った。その度、先生はいかにも嬉しそうな笑顔で、さあさあ (lai lai)とタバコを勧めてくれ、故郷の笛を教えてくれた。
先生が笛を奏でれば、しばし、時の流れが止まる思いがした。
未だ見ぬ彼の生まれ故郷の緑が、人々が、歌が、その全てがそこに見えた。確かに見えた。
どれだけ世話になったことだろう。
また一人、恩を返す間もなく、余りにも早く、往ってしまった。
エン先生、本当にありがとうございました。
日本人の一番弟子、サトル君のリポート
Se ne è andato il mio maestro di flauti cinesi, En Dequan, all'età di 50 anni. Non ho avuto né un altra occasione di rivederlo, sono passati 10 anni dall'ultima volta, né quella di ringraziarlo per tutto quello che mi ha offerto all'epoca in Cina.
Grazie mille, maestro.
関連記事(中文)
知名葫芦丝巴乌制作演奏大师哏德全因病去世

いつかまた会いに行こうと毎年思っているうちに10年がたち、急逝の知らせを受けた。
中国留学時代に昆明でエン先生に習った笛をならべて祭壇を作り、線香をあげ、好きだった白酒のかわりにイタリアのグラッパをささげ、彼の独奏アルバムを聴きながら、飲んでいる。
しばらく、遺影を見つめ、撮影に没頭する。
「ファンティエン(飯田)」、懐かしい声が聞こえてくる。
あの頃。
夜になれば雲南省昆明市文林街のカフェ・ラビアンローズでギターをかきならし、酔っぱらった留学生・中国人たちを下手な歌で踊らせては昼まで起きず、学校にも行かずじまいの不良留学生だった僕と、雲南の民族音楽を求めてやってきた好青年サトル君と、エン先生の工房によく遊びに行った。その度、先生はいかにも嬉しそうな笑顔で、さあさあ (lai lai)とタバコを勧めてくれ、故郷の笛を教えてくれた。
先生が笛を奏でれば、しばし、時の流れが止まる思いがした。
未だ見ぬ彼の生まれ故郷の緑が、人々が、歌が、その全てがそこに見えた。確かに見えた。
どれだけ世話になったことだろう。
また一人、恩を返す間もなく、余りにも早く、往ってしまった。
エン先生、本当にありがとうございました。
日本人の一番弟子、サトル君のリポート
Se ne è andato il mio maestro di flauti cinesi, En Dequan, all'età di 50 anni. Non ho avuto né un altra occasione di rivederlo, sono passati 10 anni dall'ultima volta, né quella di ringraziarlo per tutto quello che mi ha offerto all'epoca in Cina.
Grazie mille, maestro.
関連記事(中文)
知名葫芦丝巴乌制作演奏大师哏德全因病去世
2008-09-01
デル・ラーゴ谷の花、7月 Fiori della valle del lago, luglio
7月、ピラート湖から下山途中にであった花を全て駆け足で撮ってみました。
Ho raccolto, con la mia macchina fotografica, tutti i fiori incontrati durante la discesa dal Lago di Pilato.
スライドショー - Slide Show Link:
http://picasaweb.google.com/ryoiida/FioriDellaValleDelLagoLuglio7/photo#s5240982786260718482
Ho raccolto, con la mia macchina fotografica, tutti i fiori incontrati durante la discesa dal Lago di Pilato.
スライドショー - Slide Show Link:
http://picasaweb.google.com/ryoiida/FioriDellaValleDelLagoLuglio7/photo#s5240982786260718482
![]() |
| Fiori della Valle del Lago, Luglio, デル・ラーゴ谷の花( |
Labels:
Escrusionismo,
in italiano,
Italia,
M.Sibillini山脈,
登山
2008-08-28
伊藤和也君の死を悼む
ペシャワール会会員としてアフガニスタンで活動していた伊藤和也君(享年31歳)が誘拐され、銃撃されて死亡した。
詳細(最新ニュースリスト)は今後明らかになってゆくだろうが、非常に胸が痛む。
ペシャワール会(ホームページ)は、主宰者の中村哲医師の著書などを通じてその活動内容を知り、僕がかねがね共感し、尊敬してきたNGOだ。イタリアのエマージェンシー(英語ページ)と並び、本当に意義ある活動を地元の人々の視点から行ってきた素晴らしい団体だ。
伊藤君は31才でその生涯を閉じた。僕と同年配だ。海外に飛び出た理由も目的も、何もかも彼と僕とは異なっているのだろう。しかし、同年配の彼の死に僕は何か、「もうひとつの道を歩んで行った自分が不意の事故で死んでしまった」ような喪失感を覚えている。
アフガニスタン、ボランティア、アジア放浪、平和への模索、、、そんなキーワードをもう長いこと抱えて歩いてきた僕は、何か強いきっかけさえあれば、彼と似た道を歩むこともあったはず、否、これからもあるかもしれない。だから、伊藤君が他人には思えない。
伊藤君は現地の言葉も堪能で、地元住民にも愛されていたという。素晴らしいことだ。彼が日の丸を意識の中に抱えていたかどうかは知らぬし、そうする必要があったのかも僕には分からない。ただ、彼と接したアフガン人は日本に対するプラス評価を幾らかは持ってくれたことだろう。伊藤君のおかげで、アフガンの大地を爆撃するアメリカ側の「国際社会」の一員である日本への憎悪も幾らかは軽減されたのかもしれない。信用に値する外交はいつも名も無き個人による草の根の交流だ。よりによって、そんな人物が殺されてしまった。
伊藤和也君の冥福を祈るとともに、世界中の無数の伊藤君たちの活躍に感謝し、その無事を祈りたい。
詳細(最新ニュースリスト)は今後明らかになってゆくだろうが、非常に胸が痛む。
ペシャワール会(ホームページ)は、主宰者の中村哲医師の著書などを通じてその活動内容を知り、僕がかねがね共感し、尊敬してきたNGOだ。イタリアのエマージェンシー(英語ページ)と並び、本当に意義ある活動を地元の人々の視点から行ってきた素晴らしい団体だ。
伊藤君は31才でその生涯を閉じた。僕と同年配だ。海外に飛び出た理由も目的も、何もかも彼と僕とは異なっているのだろう。しかし、同年配の彼の死に僕は何か、「もうひとつの道を歩んで行った自分が不意の事故で死んでしまった」ような喪失感を覚えている。
アフガニスタン、ボランティア、アジア放浪、平和への模索、、、そんなキーワードをもう長いこと抱えて歩いてきた僕は、何か強いきっかけさえあれば、彼と似た道を歩むこともあったはず、否、これからもあるかもしれない。だから、伊藤君が他人には思えない。
伊藤君は現地の言葉も堪能で、地元住民にも愛されていたという。素晴らしいことだ。彼が日の丸を意識の中に抱えていたかどうかは知らぬし、そうする必要があったのかも僕には分からない。ただ、彼と接したアフガン人は日本に対するプラス評価を幾らかは持ってくれたことだろう。伊藤君のおかげで、アフガンの大地を爆撃するアメリカ側の「国際社会」の一員である日本への憎悪も幾らかは軽減されたのかもしれない。信用に値する外交はいつも名も無き個人による草の根の交流だ。よりによって、そんな人物が殺されてしまった。
伊藤和也君の冥福を祈るとともに、世界中の無数の伊藤君たちの活躍に感謝し、その無事を祈りたい。
2008-08-15
A noi comunicare
"Fate battere i vostri cuori all'unisono con le mie parole". Come già avvisatoci dalla pubblicità è stato pubblicato il discorso di Gandhi tenutosi alla conferenza delle relazioni interasiatiche nell' Aprile del '47 a Nuova Delhi. Per scoprirne di più e per ragionare un pò sulle parole di una persona uccisa per la sua limpidezza di spirito visitate il sito http://www.avoicomunicare.it/
2008-08-08
Olimpics 2008

Come esattamente preparato alle 20.08, dell'8 agosto 2008 cominciano i 29° giochi olimpici dell'era moderna. Tra mille polemiche e milioni di euro di investimenti, la città di Pechino si trova a fronteggiare un'ennesima sfida al mondo e per la prima volta in chiave sportiva. Personalmente spero che questi giochi possano portare un po di serenità e umanità in un paese al centro dell'attenzione da qualche anno per la propria "fame".
Hanno detto: "Pechino scala le montagne".
Speriamo che Pechino ci faccia passare un bel momento olimpico e buona visione a tutti (per chi ci riesce)
2008-08-05
Hiroshima Peace Memorial Museum 広島平和記念資料館
6 agosto del 1945 cadde la bomba atomica sulla città di Hiroshima.
Questo è link per il museo virtuale "Hiroshima Peace Memorial Museum"
明日、8月6日は広島原爆記念日。↑平和記念資料館バーチャルミュージアムを見つけたのでリンク。
Questo è link per il museo virtuale "Hiroshima Peace Memorial Museum"
明日、8月6日は広島原爆記念日。↑平和記念資料館バーチャルミュージアムを見つけたのでリンク。
Subscribe to:
Posts (Atom)
