アドリア海から昇った太陽はモントットーネ村の上を通過して、いつもシビッリーニ山脈に沈んで行く。
ヴェットーレ山はそのシビッリーニ山脈南端に位置し、当地マルケ州最高峰、しかも山脈の最南端に位置するため、急峻なその姿はかなり遠くからでも目に入る。
このふた月ばかりの間にヴェットーレ山には2度登頂した。
フォーチェ村(945m)の谷からピラート湖(1949m、約2時間30分)まで向い、2233mの鞍部(40分)から南斜面を登って登頂(40分)するコースならば小学生でも遠足で行くということは、数年前から聞いていた。聞いてはいたが、「夏は人が多い」とも聞いていたから、にぎやかな山が余り好きではない自分はこの夏まで行かずじまいで来た。それがこのふた月ばかりの間にピラート湖までならば4度も行った。禁煙と同時に購入したスカルパ社の登山靴がどうも僕をやる気にしてしまったようだ。しかも、シビッリーニ山脈全般に言えることだが、イタリアのお盆休みである夏のFerragosto期間を除けば、どこを歩いても登山者が極めて少ない。イタリア全体ではどうなのか良く分からないけれども(世界の名峰アルプス・ドロミテもあることだし)、関東登山者のメッカ丹沢山系に通っていた自分には信じられないくらい、人が少ない。週末でも誰にも会わないルートもざらにある。誰もいない静かな山は、やっぱりとても嬉しい。
ひとが少なければ、単独行の場合、遭難時のリスクが高い。それは分かっているけれども。
山は、やはり静かでなくては。
本格的な冬が来てしまう前に、ヴェットーレ山を別方向から登っておきたくなった。モントットーネ村から見える東斜面からのルートだ。登山口はS.Maria in Pantano(1159m)、サンタマリア・イン・パンターノ、直訳すれば「沼地の聖母」教会。確かにじとじとした土地に立つ教会だ。扉は固く閉ざされ、人気もない。そもそも人家が数キロ先までない。
朝、沼地の聖母教会から見たヴェットーレ山、絶好の日和と思われたが、、、
このルートを登っておけば、ヴェットーレ山は一応全方向から歩いたことになる。しかし東斜面は頂上直下がかなり急な沢になっていて、積雪期には雪崩の巣になるという。だから雪がついてしまう前の、今のうちに歩いておきたいルートだった。
ところが前々日あたりに降った雪で、ヴェットーレも1500mくらいの高さまで雪化粧をかぶってしまった。恐らく10センチ程度の柔らかな新雪だろうとは思ったけれども、念のために軽アイゼンを買おうかと思った。そこで前日に最寄りの登山道具屋に行って見たが、本格的な12本爪アイゼンしか売っていない。これを買ったら、本格的なピッケルまで欲しくなる。両方とも日本から持ってくるつもりのものだし、そんな装備が必要な場所にひとりで行くのは、まだまだ時期尚早。
1900m付近にて。
この時はまだ穏やかな雪山を堪能していた
ある程度マジな雪山に入れるようになるには、取り戻すべき部分(体力・技術)と、新たに学ぶべき部分(この山域の積雪期の特徴などの知識)との両方がある。だから、その前にイタリア山岳会(Club Alpino Italiano、通称"CAI・カイ")のフェルモ地方支部の会員になって、できれば冬山講習でも受けようかと思っている。
で、少々悩んだ。歩いたことのないルートだから、ガイドブックと地図を眺めるだけでは、わからぬ部分が多すぎた。結局は、「行けるところまで行き、無理があればきっぱりと元来た道を戻る」、そう決めた。(そう言うと、何かを決めたようにも聞こえるが、実は単なる常識。かつ、「同じ道を戻る」ということが実は容易ではないこともある。例えば、行きは余裕で横断できた柔らかな雪の斜面も、帰りの時間には凍りついているかもしれない、、、)
山行記録
日時
2007年11月11日
天気
午前、快晴
午後、強風が吹き始め、雨混じりの曇天
(予定)
S.Maria in Pantano(1159m) -->東斜面経由 (ルート131)--> Vettore山(2476m) -->同北尾根Cresta Nord(ルート35)--> 1823mの鞍部-->東斜面に下り(ルート132)--> S.Maria in Pantano 8−9時間コース。11月10日の記事にGoogle Earth地図あり
(実際)
S.Maria in PantanoからVettore山東斜面2300m地点に到達、急斜面がアイスバーン化しており装備不足のため撤退、同じルートより下山。行動時間5時間半
7.15
モントットーネをバイクで出発
8.50
サンタマリア・イン・パンターノ教会着
9.01 1159m
登山開始。ジグザグ道をひたすら上る
9.27 1375m
森林限界、草の斜面にポツンと一本たった木がある場所。左にそれる小道に入らぬこと(ケルンあり)。ここから傾斜の緩い南下ルートが始まる
9.45 1531m
Fontana 水場、奇岩のたちならぶ平地。フォーチェへ向うルート132との分岐
11.16 1979m
Fosso di Casale カザーレ沢上部の急斜面通過。数メートル、表面の固くなった雪(1600mあたりより10-20cmの積雪)があり、肝を冷やす。
11.33 2050m
Sassone(大岩)直下。
この辺りから強い風が吹き始める。時おり、身をかがめて耐風姿勢を取る必要があるほど。吹きつけてくる風にあられが混じっていて、顔が痛い。目出帽は持っていたが、サングラスと雨具のフードで乗り切った。カメラのレンズが濡れた。
12.32 2216m
Fosso di Colleluce コッレルーチェ沢上部のトラバースに入るが、正面からの風が強い上、斜面の雪がだいぶアイスバーン化しており、アイゼン・ピッケルなしでは前進不可、滑落の危険あり(足元は数百メートルの急な斜面)と判断し、2216m地点で退却。一瞬魔が差して、斜面を200m直登して稜線に出て登頂してしまおうかとも思ったが、やはり足元が不安なため(斜面途中でにっちもさっちも行かなくなる危険があった)アイデア却下、素直に後退した。
写真奥の退却地点を振り返る。風はまだ強く、レンズに細かい雪片を叩きつけてくる
14.30 1159m
下山。撤退準備中、バイクが風で倒れてしまい、ハンドルにかけておいたヘルメットのバイザー開閉部分を破損。バイクの前泥よけも破損。予想外の損害。
16.00 帰宅
下山直前の空模様。稜線上の雲が凄まじい山おろしを吹きつけてくる。同じ頃、妻は快晴の海辺をのんびり散歩していたそうで
反省点
雪もそうだが、何より風の怖さ。アイスバーンの危険は予期していたが、天候の変化と強風にやられた(吹いたり・やんだり、不意をつかれると怖い。稜線上の雲の形で風の吹きつけてくるタイミングは予想が付きそうでもあったが、、、)。退却開始後も、下りは下りで、今度は追い風となった風に背を押され、ひやりとする雪の斜面が数ヶ所あった。こういう場合、10センチほどしか雪に突きささらないトレッキングポールだけでは全く心細い。しっかりと突き刺さるピッケルがあれば、心持ちも大分違ったことだろう。
この一週間前にフォーチェからZilioli小屋(2240m)まで上がった時も、雲の中に入ってしまい、風も強く、面白くないので撤退した。天気予報より三割増し悪い方向に考えると良いようだ。このあたりの稜線での冬の風の強さは、フォーチェの小屋の主人も何か言っていた記憶がある。
山はやはりあなどれない。だが慎重を期して無事撤退できたので、まあ良しとする。
Bellissime le foto Ryo, sicuramente è stata una dura scalata....certo che quando arrivano le nuvole è meglio scapparsene via!! Da domani il meteo mette neve dalle nostre parti, speriamo ne faccia, e tanta!
ReplyDeleteはじめまして、お邪魔します。私はボローニャに在住している者なのですが、イタリア山岳会には、日本人もいるのでしょうか。気持ちのよさそうな写真の数々に、感動しました。
ReplyDelete初歩的な質問で申し訳ないのですが、モントットーネ村ってどこにあるのでしょうか。
Peppe,
ReplyDeletesi' e' stata abbastanza dura, la neve la su era congelata, percio scivolosa, e cera un vento che poteva farti cascare 300m di altezza verso giu. Cmq era molto bello starci su da solo e sentirti piccolo piccolo nell'universo...
ユキさん
はじめまして。
イタリア山岳会、恐らく日本人会員もいるでしょうね。イタリアでも北部のアルプスならば、日本人ガイドもひとりくらいはいるんじゃないでしょうか(フランスには数人いるようです)。山岳会とは行っても、年間30ユーロ程度で気楽に参加できるようです。特に義務や条件もないようですし、地元の登山道具屋での買い物が2割引になるそうなので、来年から参加してみたいと思います。
モントットーネはマルケ州の中南部アスコリピチェーノ県にあります。有名な近場の町はFermoですが、Macerataのほうが有名かも知れませんね。
ページ右下のグーグルマップを拡大してみてください。
ヨーロッパアルプスの日本人ガイド、このリンク先ページによると仏・伊・オーストリア・スイスにたったの三人しかいないようです、、、本当かな、、、
ReplyDeleteイタリア山岳会、Club alpina Italianoも日本語検索でヒットしませんね、、、ひょっとして日本人会員ゼロ?山好きの日本人でイタリアにいる男で、しかもウエブを使う人、、、案外少ないのかも知れません。
となると、僕がシビッリッーニ山脈のガイドになれば、日本人初ですな(笑)それも悪くないかも。
ご返信ありがとうございました。
ReplyDeleteイタリアにおける日本人山岳ガイドでしたら、資格を取っている人に会ったことがあるので、その人だと思います。元芸術家の方でした。
イタリア山岳会がどんな雰囲気なのか、もし可能なら将来参加したいと思っていたので、来年ブログで読めることを楽しみにしています!
ユキさん
ReplyDeleteイタリア山岳会、それぞれ地元の支部に参加申請をすることになっているので、その支部の人々との活動が主になってくると思います。イベント・山行も地方支部単位のものが多いようです。
ボローニャであれば支部も大きいでしょうから、楽しいかもしれませんね。
フェルモは小さな支部のようです。
僕はもともと独り歩きが好きなので、積極的な参加になるかは、まだわかりませんが、そのうちご報告します。